2012年6月23日土曜日

話を聞かない子の話は聞いてもらえないよって教わって育ちました

とか言って全然人の話を聞いていない僕が大手を振って通りますね。



僕は学生運動がすっかり終わった時代の生まれです。

学生運動って流行ってたみたいですね。父親の世代がブーム真っ只中だったようです。
当時は成田空港あたりで暴れてる人たちがよくニュースになっていました。
無垢な子供の僕は、ヘルメットを被ったあの人達のことを今で言うテロリストみたいに思ってました。中核派だとか革マル派だとかは危ない人達の象徴でしたよ。テレビでは犯罪者扱いでしたし。
そういえば工事用ヘルメットを被ってタオルで顔を覆って目だけ出して「中核派ごっこ」という遊びをしていた小学校の同級生のK君たちは、教頭先生に見つかって職員室でこっぴどく怒られていました。



僕が中学生の頃の先輩たちは、盗んだバイクで走り出したり夜の校舎窓ガラス壊して回ったりなんてことがリアルだったスクールウォーズ世代でした。
卒業した先輩が時々母校を訪問してくれるんですが、一番頻繁に訪問してくれてた先輩は珍走団の団員として僕らの授業中に校庭でOB走行会を開催してくれたものです。

で、僕が通ってたその中学校。校則で強制坊主だったんですね。優等生から不良まで男は全員坊主。みんなイヤダイヤダと言いながら坊主にしてましたね。
おしゃれに目覚める思春期だからイヤだった人もいると思うんですけど、大半は強制されるのがイヤだったんだと思います。だって先輩たちは気に入らないっつって暴れてましたし。

で、僕はそんな暴れる先輩(時には同級生・下級生)たちを見て「そんなんじゃ何も変わらないのになー」と思っていたのを覚えています。
てなわけで全く縁の無かった生徒会なんかやっちゃって、先生たちとネゴして生徒たちとネゴしてイイ感じの落とし所を見つけて晴れて強制坊主廃止に漕ぎつけた、なんてことがありました。



近頃デモが流行ってますね。
デモって何か変えられるんですかね?


海外のデモが云々と持ち出す人もいますけど、僕らの原体験として「デモなんかやっても何も変わらない」っていう根強い残念さがあると思うんですけどね。どうですかね。
もっと訴求力のあるイノベーションがあってもいいと思うんですけどね。



もうね、何が残念ってこういうこと↓ですよ。


私が正しい、お前は間違っている、なんて話で何が変わるんですかね。
どこまで譲れるか、納得できるか、っていう交渉が「何かを変える」ために一番の力になると思ってるんですけどね。

多神教であったが故に一神教をも許容した古代ローマに対し、一神教であるが故に我が神以外は神ではないと対立し続けるキリスト教とイスラム教。
人は歴史から学ぶとか言うけど、学んでるのは「あーなったらこーなる」っていうパターン認識だけなんじゃないかなと思っちゃいますよ、プンプン。


なんてこと思ってたらこんなのが。↓


即座に思ってることを言語化できるようになりたいなぁ。
これだってかれこれ2時間書いてるし。



きっと「で、お前はどうなの?」って話があると思うんですけど、こちら でいうところの「段階的…」ですが、交渉次第でいくらでもブレる余地を残しています。

中学時代から唯一つブレないのは「交渉する」ことです。