2012年8月12日日曜日

字が下手なら字が上手な友達を持て

オリンピックイヤーになるとそわそわします。
4年に1度開いている高校の学年同窓会の開催年だからです。
昨日8月11日がその日でした。

この日のために半年前から幹事グループが動き出します。
有志で構成される幹事グループが飲み会打合せを繰り返しながら、会場の予約、案内状の送付、参加者の管理、当日配布する同級生のコメント資料の印刷、先生方への連絡など、色々な手配を進めます。
僕も毎回幹事グループとして参加しているのですが、今年は打合せにも全く参加できず当日を迎えてしまいました。みんなゴメンね。

表題の「字が下手なら字が上手な友達を持て」というのは、高校の恩師の言葉です。
僕が20年以上も心の糧として大切にしているこの言葉を頂いた先生と、今年もお会いすることができました。



母校は自主自立をモットーとする自由闊達な学校でした。
制服はなく、髪型も自由。わざわざ学区を跨いでも通いたいと願って入った高校です。

そんな高校に入学した日のこと。
入学式のために高校を訪れた我が母。
校内を闊歩する金髪ロッカー風の生徒や長髪パーマの生徒を見た我が母は、我が子が通うことになる高校に度肝を抜かれたそうです。

入学式後に母親たちも含めクラス毎に教室に集められ、初のホームルームが開かれました。
そこで担任教師から我々に伝えられた言葉が表題の言葉でした。




自分にないものを持っている友人を持つことも自分の大切な財産。
どこかで誰かの役に立てる何かを一つでも持とう。
そしてそんな友人を沢山持とう。




こんな趣旨で話をしてくれました。
金髪・長髪に度肝を抜かれていた母はこの言葉に心底感動し、「あんたいい高校入ったねえ」と僕に伝えてきたのを昨日のことのように覚えています。


今年もまた僕の持っていない才能の持ち主たちと再会できました。
果たして僕はそんな人になれているだろうか。
4次会まで飲み続けつつそんなことを思っていました。

また4年後に。

2012年6月23日土曜日

話を聞かない子の話は聞いてもらえないよって教わって育ちました

とか言って全然人の話を聞いていない僕が大手を振って通りますね。



僕は学生運動がすっかり終わった時代の生まれです。

学生運動って流行ってたみたいですね。父親の世代がブーム真っ只中だったようです。
当時は成田空港あたりで暴れてる人たちがよくニュースになっていました。
無垢な子供の僕は、ヘルメットを被ったあの人達のことを今で言うテロリストみたいに思ってました。中核派だとか革マル派だとかは危ない人達の象徴でしたよ。テレビでは犯罪者扱いでしたし。
そういえば工事用ヘルメットを被ってタオルで顔を覆って目だけ出して「中核派ごっこ」という遊びをしていた小学校の同級生のK君たちは、教頭先生に見つかって職員室でこっぴどく怒られていました。



僕が中学生の頃の先輩たちは、盗んだバイクで走り出したり夜の校舎窓ガラス壊して回ったりなんてことがリアルだったスクールウォーズ世代でした。
卒業した先輩が時々母校を訪問してくれるんですが、一番頻繁に訪問してくれてた先輩は珍走団の団員として僕らの授業中に校庭でOB走行会を開催してくれたものです。

で、僕が通ってたその中学校。校則で強制坊主だったんですね。優等生から不良まで男は全員坊主。みんなイヤダイヤダと言いながら坊主にしてましたね。
おしゃれに目覚める思春期だからイヤだった人もいると思うんですけど、大半は強制されるのがイヤだったんだと思います。だって先輩たちは気に入らないっつって暴れてましたし。

で、僕はそんな暴れる先輩(時には同級生・下級生)たちを見て「そんなんじゃ何も変わらないのになー」と思っていたのを覚えています。
てなわけで全く縁の無かった生徒会なんかやっちゃって、先生たちとネゴして生徒たちとネゴしてイイ感じの落とし所を見つけて晴れて強制坊主廃止に漕ぎつけた、なんてことがありました。



近頃デモが流行ってますね。
デモって何か変えられるんですかね?


海外のデモが云々と持ち出す人もいますけど、僕らの原体験として「デモなんかやっても何も変わらない」っていう根強い残念さがあると思うんですけどね。どうですかね。
もっと訴求力のあるイノベーションがあってもいいと思うんですけどね。



もうね、何が残念ってこういうこと↓ですよ。


私が正しい、お前は間違っている、なんて話で何が変わるんですかね。
どこまで譲れるか、納得できるか、っていう交渉が「何かを変える」ために一番の力になると思ってるんですけどね。

多神教であったが故に一神教をも許容した古代ローマに対し、一神教であるが故に我が神以外は神ではないと対立し続けるキリスト教とイスラム教。
人は歴史から学ぶとか言うけど、学んでるのは「あーなったらこーなる」っていうパターン認識だけなんじゃないかなと思っちゃいますよ、プンプン。


なんてこと思ってたらこんなのが。↓


即座に思ってることを言語化できるようになりたいなぁ。
これだってかれこれ2時間書いてるし。



きっと「で、お前はどうなの?」って話があると思うんですけど、こちら でいうところの「段階的…」ですが、交渉次第でいくらでもブレる余地を残しています。

中学時代から唯一つブレないのは「交渉する」ことです。

2012年5月17日木曜日

虚構新聞騒動と小学校で起きていることについて

橋下市長、市内の小中学生にツイッターを義務化 という 虚構新聞 のネタ記事から色々なお祭りが発生しているここ数日。
僕の感想は「騙されたと思っちゃったんならしょうがないよね、次は面白がれるといいね」以上。

なんだけど、あるブログエントリーの内容が僕の中であちこちの小学校で起きている出来事と紐付いてしまって頭から離れなくなりました。




物事を面白がるには知性が必要なんだけど、簡単に知性を放棄しちゃう人々がこんな下らない出来事を生み出していると思うんですね。
ガセネタ掴まされて真に受けてたことに気付いたら、知性ある人なら切腹モノの恥を感じると思うんですよ。チンパンジーがパンツ履いた程度の知性の僕でさえ身内に知られたくない最も残念な出来事として封印すると思います。

恥というのはかき捨てるか隠すものと昔から相場は決まってるのに、知性の欠片もない人が「分からなかった自分が悪いんじゃない!分からないような内容にしたお前が悪い!」って叫んじゃいます。

すると、なんということでしょう。
同類だけでなく僅かに知性を持ち合わせた人までこの言葉に吸い寄せられ、上昇気流となって低気圧を作り、 スーパーセル を形成して竜巻となり破壊の限りを尽くし始めたではありませんか。



……で。話は飛びます。



我が子は事情あって(別に深刻な事情でもないんだけど)  通級 しています。
通級している学級には様々な課題を抱える子どもが集まってきます。

先生方は忍耐強く知恵を絞って子供たちと正面から向きあってくれています。
どんな子どもにも苦手なことってあるものですが、苦手が顕著な子どもたちのために先生方が一人ひとり課題を乗り越えさせるための心のケアをしてくれています。
感謝してもしきれません。

通級している子どもの中には、それが原因で深刻ないじめにあっている子もいたりします。
小学生も2年生ともなれば十分陰湿なことが出来たりするものなんですね……。
いじめに絡んで、小学校で起きている出来事についても耳にします。


子どもがいじめにあっていることに親が気付き、幸いにも担任の先生とも協力ができ、いじめっこに直接注意が届いていじめが緩和されました。
しかしその後、何がきっかけかわかりませんがこのクラスは学級崩壊。
そして学級に通う子どもの親たちの一部が校長を巻き込み、学級崩壊の非は担任にあると痛烈に非難。逃げ場を失った担任はその後退職。
でもね、担任の言うことを聞かずに学級を崩壊させた子どもの中には担任を非難したその人の子も含まれていたんです。(追記:しかもその子は例のいじめっこだったり。)


なにかおかしくありませんか?


知性って我が身を振り返ることだと思うんです。
だから「自分は悪くない、悪いのはあいつ」という思考は知性の放棄だと思うんです。
知性の放棄は思考の停止が原因です。思考の停止は物事の安易な二択化から始まります。YesかNoかにしてしまえば考えることが一つでいいですからね。めんどくさくないです。

物事の二択化に慣れることは恐ろしいことです。
「自分が悪いんじゃない、あいつが悪い」という単純思考を生むだけでなく、「誰かが悪いと思い込んでしまうかもしれないからあいつが悪い」という善意の押し売りの渦を巻き起こします。

ちょうど 佐々木俊尚氏 の近著「「当事者」の時代」で話題だったりしますね。





知性の放棄をしてしまいがちな人たちこそ、心のケアが必要なんじゃないかな。
「おまえ言ってることおかしくね?」って言える隣人の存在が一番なんだろうけど。

2012年5月8日火曜日

松下ヨシナリ選手の壮行会に行ってきました

だいぶご無沙汰になってしまいました。

全日本モトクロス選手権関東大会観戦や、Super GT@FSW観戦などあったんですが、レースに夢中で写真を一枚も撮ってなかったもんで……。
友人に撮ってもらった写真を手に入れたら書こうかな。

で、昨晩の話。
ちょっとした縁がありまして、今年の マン島TT に参戦するさいたま市が生んだヒーロー 松下ヨシナリ選手 の壮行会に行って参りました。

関係各位殿:
 以下、不適切な内容などございましたらご指摘頂けましたら幸甚です。
 可能な限り早い対応をさせて頂きます。

とりあえずマン島TTが何なのか知らない人のためにWikipedia先生から引用↓
マン島TTレース(マンとうティーティーレース、英:The Isle of Man Tourist Trophy Race )は、1907年からイギリス王室属国のマン島(Isle of man)で開催されているモーターサイクル競技である。競技は世界最古の議会で『青空議会』としても知られるマン島議会ティンワルドが制定した公道閉鎖令に基づき公道を閉鎖して行なわれる。


マン島TT、凄いんです!!!
MotoGPライダーの超人的な走りも凄いし尊敬していますが、イギリスで今も盛んに開催されている公道レースに参戦するライダーは別次元で凄い!
とりあえず これ 見て下さい。


全長60km、200以上のカーブがあるコースなんて僕には覚えることからしてハードル高すぎ。
ちなみに WICK から出ている ON-BIKE LAPS SPECIAL EDITION はマジおすすめ。バイクも凄いけどサイドカーも凄い!


サーキットでレースアナウンサーをやったりトークイベントの司会をしたり、デザインしたりなんだりとマルチな才能を発揮しているライダー、松下ヨシナリ選手が魅せられた、マン島。
マン島に再び挑む松下ヨシナリ選手を応援する人々による壮行会。
そこに足を運ぶ機会がたまたまやってきた俺。


都内某所のスペイン料理屋さんで開かれたこの会。
僕がマン島TT大好物だってことを知っている友人が誘ってくれての参加でしたが、どう考えても二輪業界関係者を中心とした場でした。


どアウェイ!逃げ場無し!どうする、俺?


司会は MOTO NAVI や BICYCLE NAVI 、そして今月創刊の NAVI CARS の準備で大忙しの 河西編集長 。
来客には僕が愛して止まない定期購読中の frm 誌 三上編集長 をはじめとする二輪関連メディアの中の人。
そして全日本ロードレース選手権からは現在トップカテゴリーJSB1000クラスのランキングトップ 高橋巧選手 とチームメイトの 小林龍太選手 をはじめ、今年アジア選手権にチャレンジする全日本ロードレースJ-GP3クラス元チャンピオン 大久保光選手 などなど多数来場。
今年エクストリームライドの全米選手権XDLに挑戦する 小川裕之選手 や元WGPライダーで現スーパー耐久シリーズドライバー 青木拓磨選手 などなど幅広くかつ錚々たる顔ぶれが。

左から青木拓磨さん、松下さん、河西さん
星印のTシャツが小林龍太選手、隣が高橋巧選手、
坊主頭が大久保光選手

友人たちだけしか知らないし困ったなーアウェイだなーと思っていたところ、twitterのフォロワーさんが登場!少し気が楽になったところに、何度か一緒にお酒を飲んだりで親しくして頂いている漫画家の 本田恵子さん が来場!よかったアウェイ感薄れた!

松下さんへの応援メッセージに埋まる日の丸
やっぱ本田さんスゲエ。激似!

会の半ばにはシンガーソングライダーの 左嵜啓史さん と河西さんによるコンビ「サザニシ」が歌う「イージュー★ライダー」。

ダイナマイトポップスというバンドのボーカルを務める
河西さんと左嵜さんによる「サザニシ」

松下さんや河西さんと面識があって「もう二輪業界人だね」とか言われちゃうような友人たちの誘いがきっかけでこの場に来ることができて、フォロワーさんのおかげで松下さんや河西さんともお話ができ、マン島TTへの応援を直接伝えることができてで超大満足でした。


マン島TTは5月26日から2週間。
長いような短いような。
松下さんには思う存分、熱くたぎる心を開放してきて欲しいです。
応援しています。怪我なく完走!

2012年4月15日日曜日

草月流生花のお稽古を受けています

生花を始めて1年半経ちます。
月に2度程度の稽古ですが、自宅で復習してるので月に4〜5回程度は生けています。
このくらいの頻度で生けていると四六時中花のある生活になります。
いつの間にか花の無い生活をしていた過去が嘘のようになりました。

たまたま縁があって草月流の師範の方と知り合って教えを請うたのがそもそもの始まりですが、高校時代に華道部に入りたかった僕にとっては「やっと始められた」という感じです。



昨日は第五応用傾真型盛花の稽古でした。

2つの剣山を用いる「株分け」という型の一つですが、この型も今までに習ってきた型の延長線上にあり、今まで習ってきた型の範囲で多彩な表現ができる醍醐味を楽しんでいます。


キバデマリ、ラクスパー、レザーファンで第五応用傾真型盛花

お稽古で生けた後に自宅でどうやって生けようか考えるのも好きです。
どこに生けようか、この型を生ける花器はどれがいいか、逆勝手(左右逆に生けること)はどうか、などなどお稽古を受けるほど考えることが増えていきます。

自宅玄関に薄い丸水盤を使って逆勝手に生けてみました

これが今回の復習です。
逆勝手にした点と、真(一番長い枝)と副(2番目に長い枝)に複数本のキバデマリを使った点が自分的なポイントですが、先生の指導が無いと自分の甘えが出る気がしています。

あともう少しで型の稽古が終わり、自由花(造形美を追求して型にとらわれない生け方をすること)中心とした稽古に変わります。
今まで創作活動をして来なかった身にとっては自由花は物凄く精神を消耗するので非常に不安ですが、生ける事自体は楽しんでいるので引き続き学んでいきたいと思っています。

2012年4月2日月曜日

未来ある若者におじさん大興奮です

以前から白髪は多かったけど、最近前髪にかたまりで白髪スポットが出来て関口宏のメッシュみたいになっている今日この頃ですが皆さんいかがお過ごしでしょうか。
脚の瞬発力も持久力も衰えて、飛べない鳥どころか走れない馬になりそうです。

久々に「自信が確信に変わった」と宣言してくれちゃいそうな前途有望な若者の存在によって、あー俺っておじさんだよねーそうだよねーと痛感してしまいました。



昨日は ツインリンクもてぎ に足を運んで全日本ロードレース選手権シリーズ開幕戦を観戦してきました。
はい。例によって例のごとくバイクです。
ちなみにツインリンクもてぎのホームページと全日本ロードレース開幕戦オフィシャルプログラムに我ら親子の写真が載っていました。

土曜日は猛烈な強風と雨で予選も中止になるほどの悪天候でしたが、日曜日は空も晴れ渡り、春らしい陽気の観戦日和でした。

ツインリンクもてぎは直線を繋いだようなコースレイアウトで、「ストップ&ゴー」と呼ばれる強烈なブレーキングと直線の加速力がモノを言うサーキットと言われています。

Good Smile Racing 広報ブログ様より拝借しました…
二輪よりは四輪向き、二輪ではパワーに勝るマシンが優勢と言われています。
実際自分のバイクで走ったことがありますが、コーナー立ち上がりでスロットルをガバ開けする加速感は公道では味わえない醍醐味なものの、1コーナー、3コーナー、5コーナー、V字コーナー、ヘアピン、90度コーナーのフルブレーキングを繰り返してとても疲れます……。

人車共にハードなサーキットなわけですが、今回の全日本ロードレース選手権開幕戦はJ-GP3、ST600、J-GP2、JSB1000の全てのカテゴリーで予想を上回る強烈なブレーキング合戦となりました。

今回の僕の注目はなんといってもJ-GP3クラスです。
今レースは 先日出会った 若干14歳の國峰琢磨選手の全日本デビュー戦ですから注目しないわけにはいきません!
それに今年のJ-GP3はレギュレーションに大きな変更が。
昨年まで2st 125ccエンジンのバイクを主体に競われていたのですが、今年から4st 250ccエンジンのバイクのみで競われることになりました。

野太い排気音が特徴的なこれからの主流、NSF250R

もう聞くことができない弾けるような音のRS125

レースは章典外でスポット参戦している、今年からMotoGPのMoto3クラスに参戦する 藤井謙汰選手 に 長島哲太選手 と 山本剛大選手 の2名が加わった熾烈なトップ争い。
ダウンヒルストレートで3ワイド、そして90度コーナーでの突っ込み合いという激しく繰り広げられるトップ争いのすぐ後方には、ベテラン 徳留真紀選手 に執拗に攻め入る琢磨くんが!

直線のスピードに劣るマシンにも関わらずコーナーで抜きつ抜かれつの互角の戦い!おじさん大興奮!
激しい抜き合いが繰り返されるままラストラップを迎え、観客も手に汗を握って見守るビクトリーコーナー。3台が密集して突っ込む中で逃げ場を失った長島選手が転倒!
そしてベテランはやんちゃな新入りを最後まで抑えこんで徳留選手、琢磨くんの順にゴール。

長島選手すごく良かっただけに残念!琢磨くんも徳留選手に届かず残念!

と思っていたら「あれ?ケンタは章典外だから琢磨くん表彰台じゃない?」の声。


ぬおおお!!!くぁwせdrftgyふじこlp!!!!!!


90度コーナーで観戦していたおじさん、表彰式に間に合うように猛烈ダッシュしましたよ。
そして走りきれませんでしたよ。何度も歩きましたよ。
グランドスタンドの階段なんて脚がガクガクしてましたよ。

表彰式に間に合ったものの選手よりもひどい疲労に
襲われるおじさんが頑張って撮った残念な写真

國峰琢磨選手、デビュー戦を表彰台で飾りました!
初のインタビューで緊張気味の琢磨くんは コチラ

勝気な性格といい、もてぎへの自信といい、果敢に挑み続ける精神力といい、素晴らしかったです。前途有望な若者におじさん興奮して全身ガクガクですよ。


今回のレースは本当に見所満載でした。

ST600では昨年から全日本に参戦を繰り返しているタイ人ライダー、チャランポン・ポラマイとデチャ・クライサーの凄まじいブレーキング合戦に、アジアのライダーのレベルの高さを痛感させられました。
全日本のレベルも高いかもしれないけど、もしかしてアジア選手権のほうが激しくてライダーが成長するにはいいんじゃないかと真剣に思いました。
(すごく応援してる 岡村光矩選手 には次に期待!!!)

そしてJ-GP2ではトップ争いを繰り広げた 浦本修充選手 と 渡辺一樹選手 に改めて「さすが全日本!」と唸らせてもらいました。
前後タイヤを滑らせてバイク全体をゆらゆらとスネーキングさせながらバンクしていく90度コーナーでの2人の争いには息を呑みました。

トップカテゴリーJSB1000では 高橋巧選手 の自由自在なライディングに魅せられ、ぶっちぎりの優勝かと思いきや後半にまさかの失速。
加賀山就臣選手 との2位争いから抜けだした 中須賀克行選手 が一気に追いついて高橋選手をかわしてそのままチェッカーフラッグを受けました。
巧くんももちろんですが、お父さんの悔しそうな顔が目に浮かびます。
それと 須貝義行選手 が7位を獲得したのも嬉しかったですね。


今年のレースは友人たちがチームの中の人をやってたり、パドックにもレーサーやメカニックの知り合いができてたりで今までとはちょっと違った感じ。


今活躍していたりこれから活躍するライダーの殆どは年下で若さ爆発!って感じなんですけど、同学年のライダーもまだまだ現役で頑張ってるんですよねえ。
芳賀紀行選手加賀山就臣選手藤原克昭選手 はみんなバリバリのトップライダーだし、なにより 須貝義行選手 なんて40代半ば。俺も体力つけないと…。



やっぱレース面白いなー。
今年は出るぞ!

2012年3月21日水曜日

目の付け所がシャープです

先日このブログを見たある人が「やっぱりいっすいくんはマジメだなあ」と否定しがたい感想を抱いてくれていたことを知りました。否定できなくて辛い!真理!定説!

まぁそれは置いておいて。

昨日子どもを連れて静岡県磐田市にあるヤマハ発動機本社に併設されている ヤマハコミュニケーションプラザ に行ってきました。目的は「工場見学 + エンジン分解教室」です。


小学1年生にエンジン分解を体験させても多分意味わかんないだろうなーと思いつつ向かったわけですが、コミュニケーションプラザに並んでいるこんなの↓に夢中になって興奮度アップ!

トヨタ2000GT
ベン・スピースのYZR-M1とYZF-R1
フィリッパーツのYZ450F
ホルヘ・ロレンソのYZR-M1
50周年記念カラーがカッコイイ!
JMX成田亮のYZ450FとJTR黒山健一のTYS250F
二人共全日本チャンピオン
1993年WGP-GP2チャンピオン原田哲也のTZM250と
ヴァレンティーノ・ロッシのYZR-M1
8耐でケニー・ロバーツと平忠彦が乗ったFZR750
パリ・ダカールラリーで活躍したテネレ3連発

マニア垂涎のマシンだらけで鼻血寸前の興奮状態でしたが、なんとか正気を保って子供と一緒にエンジン分解をいたしました。

レーシングカート用100cc 2stエンジンを分解しました
子どもがここまでバラして元に戻しました

中の人にも挨拶できたしエンジン分解も楽しかったんですが、昨日一番ビックリしたのはなんといっても工場見学です。
今まさに話題のヤマハ本社組立工場 を見学できたのは収穫でした。
写真撮影禁止だったので残念ながらお見せ出来るものはないんですが、いやまあビックリしました。

何が収穫って、ヤマハの組立工場内が












ドキッ!若いメガネっこ女性従業員だらけの組立大会!












に他ならなかったことですよおおお!!!(←ターザン山本が憑依)


目の保護のために全員メガネ装着が義務付けられているんですね。メガネっこ好き天国!

2012年3月11日日曜日

もっともっとつよくなろうぜきみたちも

"出来ナイ思たら誰も出来ナイデス"
"皆が出来る思たら必ず出来マス"

中国嫁日記 の 作者さんのブログ で これから というエントリを見てうんうんと頷いています。


みんなで同じ方向を向いた時のパワーって、当事者の漲るやる気に繋がる点ももちろんそうだけど、それ以上に周囲の人たちを巻き込む力を備えてると思うんですよね。




そういえば言葉としてこれを初めて確認したのは学生時代に読んだ何かのコラムでした。
表計算ソフトのLotus社の社長が「人は集まればいいってものじゃない。同じ目標に同じモチベーションで臨める人を集めなければならない。」的な事を語っていた記憶が。
企業ってのは人を選り好みできるんだなぁ、学校とは違うなぁ、すげえなあ、と思ったものです。

これ、どこかにソースがないかなとググってみたんですけど全然見つかりませんでした……orz
記憶違いだったら僕の格言として受け取ってくだしあ(白目


で、ググってるうちにこんな記事を見つけました。

柏・橋本「全員が同じ方向を向いたチーム力で優勝した」/J1最終節 - サッカーキング - 世界のサッカー情報サイト

「全員誰が入ってもいいサッカーができましたし、あと全員が同じ方向を向いていたんで、チーム力だと思います」

同じ方向を向いて、周囲を巻き込んで、力をあわせていきたいものです。
(何故か 1たす2たすサンバルカン が脳内を駆け巡っている)

2012年3月10日土曜日

「権利の上にねむる者」への不安

昨日Google+のストリームに 気になるポスト が流れてきました。

小飼弾氏がシェアしたポスト

サイレントマジョリティのノイジーマイノリティに対する思いがよく描かれたグラフィックだと思います。
※ラウドマイノリティとも言うけど、用法としてはノイジーがマッチすると思っています。
※某方面的に言うとHelveticaじゃないあたりに努力を感じます。

これを見てふと、僕が最近抱いているある違和感を思い出しました。
いい機会なので文章にしてみます。



世の中にはたくさんの「反対運動」があります。
しかし僕は大抵の反対運動に対して現状では素直に賛同できていません。
そもそも声が大きい反対運動に限って賛同できかねる傾向にあるのではないかと思うのです。


では何故僕はそのように感じているのだろうと考えてみました。


僕は「権利と義務の順序」について強く意識していて、特に「権利は義務の対価」だと考えています。つまり義務を果たすことで権利を獲得できると考えています。
それ故「義務は権利の代償」という考え方に基づく事柄には敏感に反応してしまいます。

多くの人の関心を引くために取られる方法として、物事の単純化があります。
目的をわかりやすくするために「ありか、なしか」という二択化がなされ、それを中心に主張がなされます。
そこには一面的な権利の主張が前面に押し出され、多様性の考慮に欠如した無思考がまかり通ります。


先日読んだ 文藝春秋 2012年3月号 の「予言の書「日本の自殺」再考」に似たような指摘がありました。


端的に言うと「人々のエゴと無思考が国家を崩壊させる」という主張ですが、とにかく現代の課題を的確に指摘していて驚きます。
更に驚くのは、この「日本の自殺」という論説が1975年に執筆されたものだということです。何も変わらぬまま37年が経過していたという事実!



話が逸れましたが、要は僕が「権利は義務を上回る」というエゴイズムに違和感を感じていて、それを文藝春秋の記事が呼び覚ましてくれたということです。
論理性を欠如している反対運動の声の大きさを見るにつけ、エゴと無思考を感じてしまうのです。



僕が権利と義務について考えるようになったのは「自主自立」を校訓とする高校で生活したことが非常に大きいのですが、それ以上に中学生の頃に読んだある一冊の新書の影響が特に大きいです。

その新書とは、丸山真男の「日本の思想 (岩波新書)」 です。


中学1年生の担任だった国語の先生が紹介してくれたことをきっかけに読みました。
(あの先生元気かなあ。いい先生だったなあ。)
日本の思想 Ⅳ章『「である」ことと「する」こと』に僕の根本が凝縮されているのですが、中でも「権利の上にねむる者」の節は僕の全てでもあります。

この節は「時効」の話から始まります。

『金を借りて催促をされないのをいいことにして、ネコババをきめこむ不心得者がトクをして、気の弱い善人の貸し手が結局損をするという結果になるのはずいぶん不人情な話のように思われるけれども、この規程の根拠には、権利の上に長くねむっている者は民法の保護に値しないという趣旨も含まれている』

この後、日本国憲法第十二条の人権保障基本原則と、第九十七条の基本的人権の解釈について次のように述べています。

『「国民はいまや主権者となった、しかし主権者であることに安住して、その権利の行使を怠っていると、ある朝目ざめてみると、もはや主権者ではなくなっているといった事態が起こるぞ」』

つまり権利とは行使することによって守られるものであり、常にあり続けるものではないということです。



先の話に戻りますが、この意味では「反対運動」を実行している人々の権利はそれを行使していることによって守られる可能性があるわけです。
僕はそこにエゴイズムと無思考を感じることがあるのに、そうであるというスタンスを主張してきませんでした。

これはまさに「権利の上にねむる者」です。

そろそろ声に出して指摘しなければ、エゴイズムと無思考による内部崩壊に伴って僕の貴重な権利が失われるんじゃないかと感じています。



冒頭のGoogle+のポスト。
根本的に僕らは黙っていてはいけないんです。



東日本大震災から1年を終えようとしている今日、あらためてその思いを強くしています。

2012年3月7日水曜日

キャッチーな言葉は忘れ難くていいよねというお話

オフロードバイクでモトクロスコースを走るようになってから8年。
今でこそ4st 250ccモトクロッサーに乗っても怖くなくなりましたが(じゃあ今は上手かったり速かったりするのかというとそういうわけではなく……)、始めてから2年くらいはとにかくヘタでコケまくっていました。



最初はXR250R(ME08)を買ってコースに走りに行っていました。
まあよくコケるんで、ブレーキレバーとグリップに指を挟んでパンパンに腫らしたりするなんてのは日常でした。
流石に上手くなる前に指がちぎれると思いアチェルビスのハンドガードを付けたんですが、左右ともズタボロになりました。

当時僕がコケる時は大体フロントからのボテごけでした。
ジャンプに失敗してコケるとかハイサイドを喰らうなんてのは始めてからだいぶ経ってからじゃないでしょうか。
上手くなりたいけど教えてくれる人がいたわけでもなく、ただひたすら一人、または友人と二人でコースに出かけ、見様見真似で走り、ガルルダースポ をコースに持ち込んで、読んでは試しを繰り返していました。


まぁ、とにかく僕はそんな感じでなかなか上達しませんでした。


てなわけかどうかは分かりませんが、初めてオフロードバイクに乗る人、特にオンロードしか経験の無い人が苦労するポイントってすごく共感できるんですね。
土の上で曲がるのってめちゃくちゃ怖いんです。フロントが滑るんじゃないかとか、リアが滑って体ごと持っていかれちゃいそうとかっていう不安がハンパじゃないんですね。

コケ慣れしたら(していいものかは別として……)ここまでイケるっていう感覚が分かってきたんですが、そもそもその不安を解消する方法を先に身につけていれば怖さなんて無くなるわけで……。


曲がるときにはとにかくバイクの前の方に座る「前乗り」「外乗り」を徹底していれば、前輪や後輪が滑って怖いっていう恐怖から解放されるんです。
正直、オンロード慣れした身体はなかなか言うことを聞いてくれません。
特にリーンインに慣れた身体にリーンアウトを叩きこむのは一筋縄では行きません。
どちらかと言うと前乗りに慣れる方が早いと思っています。

じゃあ「前に乗るんだよ」と言ったところですぐできるかというとそうもいきません。
すぐ忘れちゃいます。

なので僕はキャッチーな一言で忘れなくさせればいいんだという境地に達しました。



「タンクにち○こをぶつけるつもりで前へ!」



これ、ホントに効果的だと思ってるんです。初心者を連れて行ったら毎回言ってます。


去年7月にオフロード初心者20名で モトスポーツランドしどき に行った時にも同じ事を話したはずなんですが、みんなの記憶に残っていたのは……










「タンクキャップにち○こを挿すつもりで前へ!」










ま、キャッチーだしそれもありかな!
(多分誰かがボケて僕が大喜びで乗ったんだと思います。はい。)

2012年3月4日日曜日

来た、見た、出会った

昨日は今シーズン初のサーキット観戦をしてきました。
筑波ロードレース選手権第1戦の観戦です。
やっぱりサーキット生観戦っていいですね。僕の今シーズン開幕!って感じです。

元々は家庭の用事で丸一日埋まっていたのですが、遥々 熊本 福岡からある全日本選手が参戦しにやってくると知ったので無理くり調整してすっ飛んで行きました。

そして今回サーキットに行ったことで三つの出会いに恵まれました。



一人目の出会い
一つ目の出会いは RSGレーシング の 岡村光矩 選手 (@mitsugo1)。そしてその岡村選手の走りを支えるメカニックの 足立崇 さん (@o_beer_sama)。

岡村選手は23歳の明るくユーモアに溢れた好青年、そしてなにより光る速さを持っています。
また、兼ね兼ね足立さんの面白いお話は小耳に挟んでいました。
去年のSUGOでの全日本に足を運んだ際に岡村選手とはお話をしていたのですが、足立さんとはお会いできていなかったので、今回は足立さんに会いに行く日みたいなものでした。

岡村選手とメカニックの足立さん

やっぱり人と会うのは楽しいですね!
人と会うと、それまでの印象が覆されたり増幅したり意外な一面に驚かされたり関心したりと、自分の感受性のアンテナが好感度になっていくのを実感できます。

二人揃って陽気で、ユーモアに溢れ、真っ直ぐで、眼光鋭い。
目の前で繰り広げられる二人の会話を見ている僕の意識は、何故か時々少し離れたところから俯瞰していました。

暖かくて、冷たくて、優しくて、厳しくて、楽しくて、辛い。
そういうのが全部一緒くたになったものを二人の中に見ていました。

ほぼぶっつけ本番で初めての筑波でのレースをゴールする岡村選手

岡村選手は筑波をまだ30周も走っていないとのこと。足立さんにかかる苦労もいかばかりか……。
次回筑波ロードレース選手権第2戦にも参戦するとのことでしたので、岡村選手の成長を見守りつつ、お二人を今年も熱烈応援したいと思います。


二人目の出会い
二人目の出会いは 國峰琢磨 選手。今年から全日本ロードレース選手権J-GP3クラスにNSF250Rで参戦するライダーです。

ママのブログから拝借しました……すみません……

昨年榛名モータースポーツランドで開催された74GPというミニバイクレースに縁あって足を運んだ際にお世話になったのが國峰選手のママでした。
MotoGP日本GPでいつも宿泊している北ショートコースに、昨年は琢磨くんが脚を運んでくれたらしいのですが、僕は子供の運動会と重なって帰宅のため出会えず。
そして筑波サーキットで初めてご対面となりました。

今年から走る全日本。初めて乗るNSF250R。初戦は得意のツインリンクもてぎ。ブリジストンからダンロップへのタイヤ変更。
ここには書けないような話も含め、とにかく「勝ってやる!」という意気込みに満ちていたのが印象的です。非常に堂々とした顔をしていました。

血気盛ん、やる気漲る若武者といろいろな話をさせてもらい、ますます応援に力が入ってしまいそうです。


三人目の出会い
そして三人目の出会い。
それは2007年9月19日に遡ります。

MotoGP日本GPを間近に控えた火曜日の夜。新宿駅前のステーションスクエアがものすごい人だかりに包まれました。
MotoGPファンならば記憶しているであろう、MotoGPライダーが続々とやってきて新宿駅東口がパニック寸前(いや、パニック?)となったあのイベントの日です。

あのイベント@新宿ステーションスクエア

このイベントの為にデスマーチプロジェクトを強引に休み、まだ3歳そこそこの息子を抱きかかえて数時間立ちっぱなしに挑んだのは記憶に新しいです。
もちろん僕はそこまでしてイベントに臨んでいますから、ステージを降りたライダーが宿泊地に戻るためにタクシーに乗り込んでいたステージ裏にも脚を運びました。

イベント帰りのMotoGPライダーを待つ人々@新宿東口

そして ヴァレンティーノ・ロッシ がステージを降りてタクシーに乗り込もうとしたその時、ステーションスクエア裏、新宿駅東口ロータリーから続く道路にやってきたタクシーはおびただしい数の人に囲まれました。
ヤマハのスタッフにガードされながらも笑顔を振りまいてタクシーに乗り込むヴァレ。


その様子を見ていたとき、僕のすぐ隣にヴァレのキャップを被った綺麗な女性と共にドレッドヘアにサングラスのイカツイ男性がいました。
MotoGPファンって単なるバイクオタ、レースオタだけじゃなく幅広い人気を獲得しているんだなあと実感していました。


話が長くなりましたが、要は筑波に行ったらこのお二人に会えたんです!


twitterでフォローしている女性ギタリストの ゴンガーシホ さん (@gong46) も筑波に来ているということで待合せをしたんですが、ゴンガーシホさんの横にあのドレッドヘアの男性がいるじゃないですか!
挨拶するなり第一声、思わず「新宿イベントでタクシー乗り場にいませんでしたか?」って聞いてしまいました。大当たりでした!

あの時の男女がIDさんとシホさんだったとは。
人って繋がるもんですねえ……。実感しました。



今年もたくさんの人と出会えますように!

2012年3月2日金曜日

続けるということへの情熱を僕に与えてくれた二人の人物

昨日 DirtNP の「カッコ良過ぎ&渋過ぎ! 人生満喫倶楽部 72歳の現役モトクロスライダー」というエントリーで見た動画が素晴らしかったので。



走り方を「研究する」という言葉、本当によく分かります。仮定と実験の繰り返しですね。
こうありたい!と思わせてくれた、僕にとって二人目の人でした。

では一人目とは。
川越にある オフロードビレッジ でレースに参戦しているあるベテランライダーさんです。

オフロードビレッジで開催されているウェストポイントカップというレースに僕がエントリーしたとき、そのベテランライダーさんも同じく参戦していました。
その御方は紛う事無き70代。僕は密かに「御大」と名付けました。

ハッキリ言ってその日のレース結果はまるで覚えていません。
覚えているのは御大の走る姿のみ。

決して速いわけではないけれど全身でレースを楽しんでいる姿を見て、脳天からつま先まで何かに撃ちぬかれたような衝撃を受けました。
きっと御大はパドック中のライダーたちの心を完全に奪っていたに違いありません。
僕らに「いつまでも楽しめるんだ、挑戦できるんだ」という気付きを与えてくれたのですから。

昨年3月6日に モトクロスごっこ に参加した際に、お一人で練習に来られた御大と偶然再会することができました。
僕にとってはプロライダーたちと同じような憧れの存在なのですが、どうしてもそのことを伝えたくて話しかけてしまいました。

御大は当時77歳(今は78歳)。モトクロスは60から始めたとおっしゃっていたような。
始めるのなんていつからでも遅くないんだな、と身をもって証明されていました。

僕がバイクでオフロードを走るようになったのは28歳。モトクロスを始める年齢としては決して早くありません。
しかし御大の年齢まで走り続けていればキャリアは50年に達します。

最近始めた生花。始めてからやっと1年半が経とうとしています。


いずれもキャリア50年を目指す途半。
御大を越えるその日まで、僕はまえのめりであり続けられる気がしています。